スペインタイル紀行⑤【バレンシア編(下) 伝統と近未来と】

当社代表・山内直幸がタイムス住宅新聞で連載していたコラム「スペインタイル紀行」を、
ホームページ上で再掲載いたします。
スペイン各地を巡りながら出会ったタイル文化の魅力を、ぜひお楽しみください。


米どころでパエリヤ


ユーリキという破天荒な男がいる。取引先のスペインタイルメーカーで最初の担当者だった。何にでもチャレンジするのでインド出張の時にはコレラにかかったらしい。極寒の地フィンランドの出身ゆえか恐ろしく酒も強い。まともに相手をすると身が持たないので、うまく逃げることにしている。彼が来沖した折、「泡盛なら勝てるだろう」と挑んだ友人たちがいる。朝まで続いた勝負の結果は全敗。翌日、友人らは仕事を休んでいた。

そのユーリキに連れて行ってもらったのが、スペイン東部の都市・バレンシア南郊にあるアルブフェラ湖。周辺には美しい水田が広がり、昔ながらの農家が点在する。お米を使った料理・パエリヤは、実はバレンシアの郷土料理だ。湖のほとり、エル・パルマール村にはおいしいパエリヤのレストランがいくつもある。地中海で採れた魚介のパエリヤはもちろん、ウサギや鶏肉のバレンシア風パエリヤもここの名物だ。ウチナーンチュの好きそうなイカ墨のパエリヤもある。市内からタクシーで30分ほどなので本場の味を堪能してはいかがだろう。


芸術的な建物群


15~18世紀にかけ、バレンシアは絹取引で栄えた。市内にはゴシック様式で建てられた「ラ・ロンハ」という絹取引所があり世界遺産となっている。シルクロードの西の終点はイタリアのベネチアではなく、さらに地中海を越え、ここスペインまで続いていたのだ。バレンシアはスペインで第三の都市となり、今でも貿易の重要な拠点である。

スペインは昔、都市国家の集まりだった。街はかつて高い城壁に囲まれ、バレンシアの北側にあるセラーノスの塔では当時の名残を見ることができる。それゆえ地方によって異なる文化や言葉が存在する。バレンシア語が学校の必須科目で、ほとんどの人がバレンシア語を理解する。

また、火祭りの献花パレードで女性たちが着る民族衣装は独特で、スペイン中で最もゴージャスであろう。絹のドレスは金銀の糸で刺繍(ししゅう)され、両耳の上で渦巻きに編まれた髪を金のかんざしで飾っている。その麗しき姿は当時の繁栄を想(おも)わせる。

バレンシアの民族衣装を着た女性たち。火祭りでの聖母マリアにささげる献花パレード


バレンシアで見逃してほしくないのが、トゥリア川公園の河口に造られた、サンティアゴ・カラトラバ設計による「芸術科学都市」の近未来的な建築群だ。ジョージ・クルーニー主演のSF映画「トゥモローランド」のロケ地としても使われた。恐竜の骨格のような「フェリペ王子科学博物館」や、ロボットのカブトに見える「ソフィア王妃芸術宮殿」など外観だけでも一見に値する。夕暮れ時の水面に映る姿はまさしく未来都市だ。

芸術科学都市・カラトラバ設計のシアター「レミスフェリック」(手前)とソフィア王妃芸術宮殿(奥)


ユーリキと夕食を済ませ彼の自宅に戻った日のこと。アパートメントの前に路上駐車の車が並んでいた。車を入れるスペースはない。するとユーリキ、何を思ったか前の車にコツンコツンとバンパーを当て、自分の車で押した。十分スペースが空くと何事もなかったかのようにそこへ車を入れた。ついでに後ろの車もコツンと押す。ぶつけて大丈夫なのかと聞くと、バンパーはぶつけるためにあると言う。ここでは当たり前の駐車テクニックなのだ。日本では小さな傷でも大騒ぎだ。それくらいおおらかなドライバーになりたいものだ。サイドブレーキは引かないのが、路駐の心得らしい。



執筆者
やまうち・なおゆき/沖縄市出身。

米国留学より帰国後、米国商社勤務を経て1995年、スペインタイル総代理店「(有)パンテックコーポレーション」を設立。趣味は釣りと音楽、1950~60年代のジャズレコードの鑑賞、録音当時の力強く感動的な音をよみがえらせるべく追求。

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